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2021年5月15日 (土)

抜書き:デューイ『民主主義と教育』〜第2章1(2)

J.デューイ著、松野安男訳『民主主義と教育(上)』岩波書店、1975年。

 

第2章 社会の機能としての教育

1、環境の本質と意味

(続き)

(26-27頁)

この問題に対する答えは、一般的な定式で言えば、一定の反応を呼び起こす際の環境からも作用によるということになる。要求されている信念をたたき込むことはできないし、必要とされている態度をはりつけることもできない。しかし、人は、自分が生存している特定の生活環境に導かれて、選択的にある特定のものを見たり感じたりするようになるし、他の人々と一緒にうまくやって行けるように一定の流儀を心得るようになる。また、その生活環境は、他の人々の賛同を得るための条件として、ある信念を強化し、他の信念を弱める。このようにして、その生活環境は、その人の中に、次第に一定の行動体系や一定の行動傾向をつくり出すのである。「環境」environmentとか「生活環境」mediumという語は、個体をとりまく周囲の事物より以上のものを意味する。それらの語は、周囲の事物がその人独自の活動的傾向に対してもつ特定の連続関係を意味するのである。もちろん、無生物もその周囲の事物と連続している。しかし、比喩的に言うほかは、それをとりまく事情は環境とはならない。というのは、無生物は自己に影響を及ぼす力に関与しないからである。ところが他方、生物、とりわけ人間の場合には、彼から空間的にも時間的にも遠く離れている事物が、彼の身近にある事物よりも、より確実に彼の環境を成すことがあるのである。人の方もそれとともに変わって行くようなものこそ、その人の本当の環境なのである。たとえば、天文学者の活動は、彼が注視したり、それについて計算したりする星とともに変わる。彼を直接とりまいている事物のなかでは、彼の望遠鏡がもっとも密接な彼の環境である。また、好古家の、古物研究家としての、環境は、彼が関心をもっている遠い昔の時代の人間の生活や、彼がその時代と関係をつけるために用いる遺物や碑文などから成り立っているのである。

要するに、環境は、ある生物に特有の活動を助長したり、妨害したり、刺激したり、抑制したりする諸条件から成り立っているのである。水が魚の環境であるのでは、それが魚の活動----つまり魚の生活----に必要だからである。北極探検家が北極に到達することに成功しようとしまいと、北極が彼の環境の重要な要素であるのは、それが彼の活動を限定し、彼の活動を他のものとは異なった独特のものにするからである。生活は、単なる受動的生存(そういうものがあると仮定してのことだが)にすぎぬものではなく、行動の仕方を意味するのであるからこそ、環境または生活環境とは、この活動の中に、それを維持したり、挫折させたりする条件として、入り込むものを意味するのである。

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