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2021年4月

2021年4月30日 (金)

抜書き:島秋人 著『遺愛集』「あとがき」

島秋人『遺愛集』東京美術、昭和42年12月より。

※島秋人については、東井義雄・斎藤喜博が、教育の根本の話として言及している。

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〜あとがき〜
 春分の日が近い。そとには私の好きな菜の花が咲いているだろうか。この罪を犯してから六年になろうとしている。一日、一日がかけあしで過ぎた感がする。罪人の心が有形のもの、無形のものに育くまれ、その情に洗われた裸の思念が数百首の短歌となり、この「遺愛集」となった。感謝であり、幸せである。ひと頃の私を知る人は変ったと思うだろうし、又、自身でもそうと感じて生きている。
 身は悲しむべきであるが、心はうれしいのである。
 私が短歌を始めた事のなりゆきは、昭和三十五年の秋に拘置所の図書を一冊読んでであった。それは、開高健著の「裸の王様」を読んでのことであった。その中に、絵を描くことによって暗い孤独感の強い少年の心が少しずつひらかれてゆくと云うすじであって、当時の私の心をうった読後感とともに、私は絵を描きたい、そして童心を覚ましたい、昔に帰りたい思いを強くさせられた。しかし、当時は絵を描くことを許されていなかった身には、描きたい思いがふきあがって来るだけで絵は描けなかった。せめて、児童図画を見ることによってと思い、図画の先生でもあった、又、ほめられた事の極めて少ない私が図画の時間に絵はへたくそだけど構図がよいと云ってほめられた事のある先生であり、中学一年の時担任の先生でもあった、吉田好道先生に当時の身分と理由とを書き、子供の描いた図画が欲しいとお願いした。
 その返書は、親身なもので、自分に対するおどろきと反省をよびおこす優しさで満ちていた。同封されて奥様の手紙があり、その中に少年期を過した家の前の香積寺とそのお住職様を詠んだ短歌が三首添えてあった。これが私の短歌に接した初めであって、過ぎし日のなつかしさもあり歌は何とよいものであろうかと思った。これがきっかけとなり、又、刺激ともなって、自身にふさわしいものとし得て、時折りに詠みはじめ詠んで今日に至っている。
 低能児と云われた程に能力におとる私であったが、幸いにと云うか不幸と云うか四国の松山刑務所で覚えた俳句の素養が助けとなって数は少ないながら、「裸になれ」と念じながら詠み重ねて続いた。又、毎日新聞、朝日新聞、朱、まひる野、その他雑誌にも投稿もし、あまり物事にながつづきしない私は短歌だけはどうゆうわけか、たどたどしいながらも四年以上続いている。毎日歌壇では、昭和三十八年の上半期の窪田空穂先生の選で、毎日歌壇賞をいただき、生涯に唯一度の賞というものを授かったよろこびも味い得たのである。
 いままで、いろいろの方々から厚意をよせられたり、手紙をいただいたが現在は、ほとんど文通も絶えている。中に、二、三の方々は私の歌集を出してあげよう、出さして欲しいと云って下さった。これらはみなおことわりしたが一人だけ私の思いのままの歌集を出してあげると云われた方が居り、一時は、あえて生前出版をしようとしたのであったが、途中で意見に違いが出来て結局は中止する事になった。その時に窪田空穂先生に無理云って、書いていただいたのがこの歌集にある序文である。序文の中に叱りがふくまれてあるのは、私の考えの浅かった事を指していて、今もなお、読む都度にありがたいのである。
 窪田空穂先生に相談して生前の出版はとりやめ、死後に出版して下さろうと云う方に希望を遺していますが、何かさびしい心残りともいうべき思い、愛しみを遺すものがこの一巻であり、生前出版しようとした稿に加えて今日迄の歌を書き添えた。
 最近私は養母を得た。死後に角膜を差し上げること、死体を役立てるために必要な事によって養母になってもらった千葉てる子と云う人は、長い間私の義姉としてキリストを信じさせてくれいろいろなわがままを聞いてくれた人であり、私にとって生みの母におとらない母である。私は心のままに「おかあさん」と書いて手紙を出している。誠に幸せに余る日日を過している。
 母を得て感じる事は自身の罪の重大さである。母を亡した被害者のお子様に対するお詫びであり、死をもってする詫びでありながら足りない申しわけないこと、詫びて済まない日日の悔悟であり、人の、すべての生あるものの生命のいかに尊いものかを悟らされたことである。
 この思念が遺愛集であり、私の至り得た生命のすべてである。
昭和四十年三月
島秋人 〜「あとがき」に添えて〜
 この澄めるこころ在(あ)るとは 識(し)らず来て刑死の明日に迫る夜温(ぬく)し。処刑前夜である。人間として極めて愚かな一生が明日の朝にはお詫びとして終るので、もの哀しいはずなのに、夜気が温いと感じ得る心となっていて、うれしいと思う。後記は前坂和子君によって書かれ、私の作歌の内容的な事は読まれると思います。
 私は、あとがきに添えて刑死の前夜の感を書こうと思いました。私は短歌を知って人生を暖かく生きることを得たと思い、確定後五年間の生かされて得た生命を感謝し安らかに明日に迫った処刑をお受けしたい心です。知恵のおくれた、病弱の少年が、凶悪犯罪を理性のない心のまま犯し、その報いとしての処刑が決まり、寂しい日日に児童図画を見ることによって心を童心に還らせたい、もう一度幼児の心に還りたいと願い、旧師の吉田好道先生に図画を送って下さる様にお願いしました。その返書と一緒に絢子夫人の短歌三首が同封されてあり私の作歌の道しるべとなってくれました。
 短歌を詠み続けて七年になりました。初めて私の作品をとりあげてくれ批評をしてくれたのが前坂和子君です。三田高校在学中の事で三年生の文化祭に一冊の小冊子として、出品してくれました。その名を「いあいしゅう」と付してあり、この歌集に「遺愛集」として生かしたのです。これは前坂君への感謝の心と私の作歌を愛(を)しむ心とを合せたものです。
 夜の更けるまで教育課長さんと語りあっても話がつきない思いです。僕は生かされて得た心でしみじみと思うことは、人の暖かさに素直になって知ったいのちの尊さです。厚意の多くに甘え切って裸になって得たよろこびの愛(いと)おしい日日のあったことがとてもうれしいと思います。
 前坂君(註)の花の差入れは処刑の前夜もありました。花好きの僕は最後までよい花に接し得たことをよろこびます。遺品(かたみ)にと賜ひし赤きほうずきをわれと思いて撒と分ちぬ。母が持って来てくれた真赤なほうずきを、父、母、小川久兵衛牧師、泉田精一教誨師、前坂和子君、所長にも、僕の代りのように育てて欲しいと云って五つずつ分けました。
 歌集もたくさんの方々に読まれることでしょう。これは本当は生きている内に掌にするものと思っていた歌集なのですが、処刑は急に来るもので、本来の通り死後出版となります。この歌集の歌の一首でも心に沁むものがあれば僕はうれしいです。
昭和四十二年十一月一日夜(註・処刑前夜)
島秋人

(註)前坂君とは、前坂和子氏のこと。高校生のときに、島の短歌に感動し、花の差入れと文通を最後まで続けた。島処刑の翌年1968年、『書簡集 空と祈り−「遺愛集」島秋人との出会い』(私家版)を出版した。(1997年に東京美術より再刊されている。)

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2021年4月28日 (水)

抜書き:デューイ『民主主義と教育』〜第1章1(2)

J.デューイ著、松野安男訳『民主主義と教育(上)』岩波書店、1975年。

 

第1章 生命(ライフ)に必要なものとしての教育

(12-15頁)

1、伝達による生命(ライフ)の更新

(続き)

これまでは、生命(ライフ)について、その語の最も低次の意味において−−すなわち肉体的存在として−−語ってきた。しかし、われわれは「生活(ライフ)という語を個体および種族の経験の全範疇を指すものとしても用いる。われわれは「リンカーンの生涯(ライフ)」という本を読むとき、その本の中に生理学の論文がのっているとは思わない。われわれは、彼の生まれる前の社会事情についての記事や、幼児の環境、家族の状況や職業、性格の発達過程における主要なエピソード、特記すべき努力や業績、その人の希望や趣味や歓喜や苦悩についての記述を予期するのである。われわれは以上と全く同様なやり方で未開部族やアテナ市民やアメリカ国民の生活(ライフ)ということを口にするわけである。「生活(ライフ)とは、慣習、制度、信仰、勝敗、休養、職業を含むものなのである。

われわれは「経験」という語を同様に充実した意味で用いる。そして経験に対しても、ただ単なる生理学的な意味における生活に対してと同様に、更新による連続という原理があてはまる。人間の場合には、肉体的存在の更新に、信念や理想や希望や幸福や不幸や慣行の再生(リ・クリエーション)が伴う。どんな経験でも社会集団の更新を通じて連続するということは文字通りの事実である。最も広い意味での教育は生命のこの社会的連続の手段なのである。未開部族におけると同様に近代都市においても、社会集団の成員はだれでも、未熟で、無力で、言語も信念も観念も社会規範ももたずに生まれてくる。一人ひとりの個人、すなわちその集団の生活経験の担い手である各単位は、やがては死に去って行く。それでも集団の生命は持続するのである。

社会集団を構成する各成員が生まれ、そして死ぬ、という根本的な不可避の事実が教育の必要を決定するのである。一方には、集団の新たに生まれた成員−−その集団の未来の後継者は彼ら以外にはない−−の未成熟と、その集団の知識や慣習を身につけている成人の成員の成熟との間には、著しい対象がある。他方には、これらの未成熟な成員が、単に身体的に十分な数だけ保持されていなければならないだけでなく、彼らに成熟した成員の関心や目的や知識や技術や慣行を教えなければならないという必要がある。すなわち、さもなければ、その集団はそれ特有の生命を中止することになるだろうからである。未開部族においてさえ、成人の獲得している能力は、未成熟な成員が放置されていた場合になしうると思われるものを遥かに越えているのである。文明の発達とともに未成熟の最初の能力と年長者の規範や慣習との間のギャップは拡大する。単なる肉体的成長や、単なる生存に必要なことについての熟達だけでは、集団の生命の再生産には不十分であろう。慎重な努力や思慮深い苦心が必要なのである。社会集団の目標や習慣を知らないばかりでなく、それらに全く無関心な状態で生まれてくるものたちにそれらを知らせ、積極的な関心を抱かせなければならないのである。教育が、ただ教育だけがそのギャップを埋めるのである。

社会は、生物学的生命と同じ程度に、伝達の過程を通じて存続する。この伝達は年長者から年少者へ行為や思考や感情の習慣を伝えることによって行われる。集団生活から消え去って行こうとしている社会の成員から集団生活の中へ入って行こうとしている成員への、この理想や希望や期待や規範や意見の伝達なしには、社会の生命は存続できないだろう。かりに社会を構成する成員がずうっと生き続けるとしても、彼らは新たに生まれてきた成員を教育するかもしれないが、それは社会的必要ではなく、むしろ個人的関心によって導かれた仕事となるだろう。だが、そうでないからこそ、教育は必須の仕事なのである。

もし悪疫が社会の成員をすべて一度に奪い去ったとすれば、その集団が永久に滅びてしまうことは明白である。ところで、社会の成員がだれでもみな死んで行くということは、彼らが流行病で皆一度に死んでしまう場合と同様に、確実である。けれども、年齢の段階的相違、つまりあるものはすぬが、あるものが生まれるという事実が、観念や慣行の伝達によって、社会という織物を不断に織りなすことを可能にするのである。とはいえ、この更新は自動的ではない。真正の、そして徹底的な伝達が行なわれるようにするための努力がなされなければ、最も文明化された集団も、野蛮に、そしてさらに未開状態へとあと戻りするだろう。実際、人間の子どもは、もし他の人々の指導や援助なしで放置されたならば、肉体的生存のために必要な基本的能力を獲得することさえもできないほど、未熟である。人間の子どもは、出生児の能力の点では、多くのもっと下等な動物の子にはとうていおよばないのである。してみると、技術上、芸術上、科学上、道徳上で人類の達成した事柄すべてに関しては、以上のことはなおいっそう真実なのである。

「2、教育と通信(コミュニケイション)」に続く…。

抜書き:デューイ『民主主義と教育』〜第1章1(1)

J.デューイ著、松野安男訳『民主主義と教育(上)』岩波書店、1975年。

 

第1章 生命(ライフ)に必要なものとしての教育

(11-12頁)

1、伝達による生命(ライフ)の更新

生物と無生物との間の最も著しい差異は、生物が更新によって自己を維持するということである。石を打てば、石は抵抗する。もし石の抵抗力がそれに加えられた打撃の強さよりも大きいならば、石は外面的にはもとのままである。さもなければ、石は打ち砕かれて、小さな破片となる。石は決して、打撃に対抗して自己を維持するというような仕方で反応しようとはしない。まして打撃を自己の行動の持続に役立つ要因とするように反応しようとはしない。ところで、生物は圧倒的な力によってたやすく押しつぶされるかもしれないが、それでも生物は自己に作用するエネルギーを自己の存続のための手段へと変えようとする。それができなければ、生物は(少なくとも高等な生物においては)こわれて小さな破片になるだけでなく、もはやある特定の生物ではなくなってしまうのである。

生物は、生存しているかぎり、自己自身のために周囲のエネルギーを利用しようと努める。生物は、光や空気や水分や地中の物質を利用する。生物がそれらのものを利用するということは、生物がそれらを自己保存の手段へと変えるということなのである。生物が成長をつづけている限り、このような環境を利用することによってそれが獲得するものは、そのときそれが消費するエネルギーを償って余りがある。つまり成長するのである。「制御(コントロール)する」という語をこのような意味に解するならば、次のように言うことができるだろう。すなわち、生物とは、自己を圧殺してしまうことになりかねないエネルギーを、かえって自己自身の活動の持続のために、征服し、制御するものなのである、と。生活(ライフ)とは、環境への働きかけを通して、自己を更新すて行く過程なのである。

すべての高等な生き物は、この過程を再現なく続けていくことはできない。それらはやがて倒れ、死ぬ。生物は際限なく自己更新をして行く力をもってはいないのである。しかし生命過程の連続は、ある一個の個体の生存を延長することによるのではない。別個の生命体を産み出す生殖作用が連続して次から次へと続いて行くのである。また、地質学上の記録がものがたるように、個体ばかりでなく、種もまた死滅するけれど、生命過程はますます複雑な形態へと発達しながら連続する。ある種が死滅していくと、それらが克服しようとしてもできなかった障害であったもをかえって利用するのにも適した生物が発生する。生命の連続とは、生物体に必要な環境を絶えず再適合させて行く過程を意味するのである。

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