教育者・島木赤彦(4)
島木赤彦著『歌道小見・随見録-他一篇』岩波書店、1994年(第6刷)、27-28頁。
「写生」『歌道小見』より
私どもの心は、具体的事象との接触によって感動を起こします。感動の対象となって心に触れ来る事象は、その相触るる状態が、事象の姿であると共に、感動の姿でもあるのであります。さような接触の状態を、そのままに歌にあらわすことは、同時に感動の状態をそのままに歌に現すことにもなるのでありまして、この表現の道を写生と呼んでおります。私の前に直接表現と言うたのも、多くこの写生道と相伴います。感動の直接表現といえば、嬉しいとか、悲しいとか、寂しいとか、懐かしいとか、いわゆる主観的言語を以て現すことであると思う人が多いのでありますが、実際は多くはそうでないのであります。一体、悲しいとか、嬉しいとかいう種類の詞は、各人個々の感情生活から抽出された詞でありまして、いわゆる感情の概念であります。概念は一般に通じて特殊なる個々に当て嵌まりません。我々の現したいものは、個々特殊なる感情生活ではありますから、概念的言語を以て緊密に表現することはむずかしいのであります。かなしいと言えば甲にも乙にも通じます。しかし、決して甲の特殊な悲しみをも、乙の特殊な悲しみをも現しません。歌に写生の必要なのは、ここから生じてきます。つまり、感情活動の直接表現を目ざすからであります。